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せき髄損傷に併発した疾病の取扱
 【基発第616号 平成5年10月28日】
○せき髄損傷に併発した疾病の取扱いについて

 せき髄損傷者については、せき髄の損傷という重篤な障害が長期間にわたって継続することから、種々の疾病を併発することが少なくない現状にある。
 また、最近における臨床医学の進歩により、せき髄損傷者の死亡率は低下するとともに、慢性期に移行したせき髄損傷者の増加、高齢化をみている。療養中のせき髄損傷者のなかには、様々の疾病が発生しているが、これらの疾病が、原疾患であるせき髄損傷と因果関係があるか否かについての判断に苦慮する事案が増加している状況にある。
 このため、せき髄損傷で長期にわたり療養を継続している者に発生した疾病等と原疾患であるせき髄損傷との因果関係を明確にする必要がある。
 そこで、この因果関係を明確にするため「労災医療専門家会議」に別途小委員会を設置し、医学専門的な検討を行ってきたが、今般、その結論(別添報告書参照:略)が得られたことから、これに基づき、せき髄損傷に併発した疾病(本通達では症状を含む。以下「併発疾病」という。)の取扱いについて下記のとおり整理したので、今後の事務処理の参考とされたい。
目次
 1 併発疾病の分類について
 2 慢性期に発症した併発疾病の取扱いについて
 3 急性期に発症した併発疾病等の取扱いについて
 4 その他   (1) 薬剤による副作用について /(2) 別表について / 別表



1 併発疾病の分類について
 せき髄損傷受傷後の慢性期及び急性期において発症した併発疾病等については、最近における医学的知見等に基づき、次のように分類することができる。
 なお、本通達でいう「慢性期」とは急性期以降を指し、せき髄ショックを脱し、全身状態が比較的安定した状態をいい、また、「急性期」とは、受傷からせき髄ショックを脱するまでの期間をいい、症例により相違はあるが、受傷からおおむね2ヵ月ないし3ヵ月までの期間を示すものである。
(1)  慢性期の併発疾病の場合
 せき髄損傷により長期にわたり療養を継続している者に発症した併発疾病については、せき髄損傷との因果関係に基づき、次のように分類する。
 せき髄損傷と併発疾病との間に因果関係が認められるもの
 せき髄損傷と併発疾病との間に因果関係が不明確なもの
 せき髄損傷と併発疾病との間に因果関係が認められないもの
(2)  急性期の併発疾病等の場合
 せき髄損傷の急性期に発症した併発疾病等については、次のように分類する。
 急性期に発症した併発疾病又は急性期から症状が引き続いている併発疾病
 せき髄損傷で療養中に新たに負傷等が原因となり発症したもの

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2 慢性期に発症した併発疾病の取扱いについて
 慢性期に発症した併発疾病については、前記1の(1)の分類にしたがって、以下により取り扱うこととする。
 なお、本分類に掲げられていない併発疾病については、個々の事案ごとに検討し、因果関係を判断すべきものである。
(1)  せき髄損傷と併発疾病との間に因果関係が認められるもの
 せき髄損傷の慢性期に発症した併発疾病のうち、次に掲げる併発疾病は、一般に医学経験則上因果関係が認められるが、個々の事案の判断に当たっては、別表に掲げる損傷部位、損傷程度、症状経過、病像等を確認した上、原疾患であるせき髄損傷に起因するものとして、労働基準法施行規則別表第1の2第1号又は労働者災害補償保険法施行規則第18条の4に該当する疾病として取り扱うこととする。
 @ 褥瘡
 A 皮膚がん(褥瘡がん)
 B 起立性低血圧
 C 運動障害域の神経病性関節症
 D 運動障害域の痙縮亢進
 E 麻痺域疼痛(感覚脱失性疼痛)
 F 自律神経過反射
 G 体温調節障害
 H 肩手症候群
 I 関節周囲異所性骨化(麻痺域)
 J 関節拘縮(麻痺域)
 K せき柱の変形
 L 外傷後せき髄空洞症
 M 人工呼吸中の気管内チューブによる気管粘膜の潰瘍又は声門、気管狭窄
 N 肺感染症(含肺炎)
 O 無気肺
 P 尿路、性器感染症(膀胱炎、尿道炎、尿管炎、前立腺炎、副睾丸炎)
 Q 尿路結石症
 R 腎盂腎炎、菌血症
 S 膿腎症
 
21 水腎症、水尿管症
 
22 腎不全
 
23 膀胱がん
 
24 感染症(骨髄炎、化膿性関節炎、敗血症)
 
25 血栓性静脈炎
(2)  せき髄損傷と併発疾病との間に因果関係が不明確なもの
 せき髄損傷の慢性期に発症した併発疾病のうち、次に掲げる併発疾病は、一般的には医学経験則上因果関係が明らかでないため、個々の事案ごとに検討し、因果関係を判断すべきものである。
 @ 睡眠時無呼吸
 A 胃・十二指腸潰瘍
 B 上部消化管出血
(3)  せき髄損傷と併発疾病との間に因果関係が認められないもの
 せき髄損傷の慢性期に発症した併発疾病のうち、次に掲げる併発疾病は、一般的には医学経験則上因果関係が認められないが、個々の事案ごとに検討し、因果関係を判断すべきものである。
 @ 頑癬、白癬
 A 高血圧、動脈硬化症
 B 糖代謝異常、糖尿病
 C 抗利尿ホルモン分泌異常症候群
 D 気管支喘息
 E 胃がん等上部消化管悪性新生物
 F 膵炎
 G 尿崩症

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3 急性期に発症した併発疾病等の取扱いについて
 せき髄損傷の急性期に発症した併発疾病等については、前記1の(2)の分類にしたがって、以下により取り扱うこととする。
(1)  急性期に発症した併発疾病又は急性期から症状が引き続いている併発疾病
 次に掲げる併発疾病が、せき髄損傷の受傷時に発症した併発疾病又はせき髄損傷の受傷時に発症し慢性期にも継続している併発疾病である場合には、原疾患であるせき髄損傷に起因するものとして労働基準法施行規則別表第1の2第1号又は労働者災害補償保険法施行規則第18条の4に該当する疾病として取り扱うこととする。
 なお、本分類に掲げられていない併発疾病については、個々の事案ごとに検討し、因果関係を判断すべきものである。
 急性期に発症した併発疾病
 @ 迷走神経反射による徐脈、心停止
 A 起立性低血圧
 B 体温調節障害
 C 無気肺
 D 肺感染症、(含肺炎)
 E 気管支痙攣
 F 成人型呼吸窮迫症候群(ARDS)
 G 肺水腫
 H 肺塞栓
 I 肋骨骨折等による血気胸
 J くも膜下胸膜痩
 K 横隔膜破裂
 L 急性胃拡張
 M 胃・十二指腸潰瘍
 N 上部消化管出血
 O 麻痺性イレウス
 P 血栓性静脈炎
 急性期から症状が引き続いている併発疾病
 @ 横隔膜神経麻痺による呼吸停止
 A 性機能不全
 B 排便障害
(2)  せき髄損傷で療養中に新たに負傷等が原因となり発症したもの
 せき髄損傷で療養中に新たに負傷等が原因となり発症したものについては、せき髄損傷とは異なる原因により引き起こされることから、個々の事案ごとに検討し、因果関係を判断すべきものである。なお、例としては、次に掲げるものが考えられる。
 @ 感覚障害域の熱傷
 A 運動障害域の骨萎縮による病的骨折

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4 その他
(1)  薬剤による副作用について
 せき髄損傷の治療の際の薬剤による副作用等が疑われる場合の併発疾病については、せき髄損傷者に薬剤が及ぼす影響を考慮することが必要であるので、個々の事案ごとに主治医又は専門医の医証等から薬剤の投与時期、投与量等を調査の上、因果関係を判断すべきものである。
(2)  別表について
 別表には、前記2の(1)に掲げた併発疾病ごとの損傷部位並びに発生機序及び特徴を示しているので、当該疾病について、損傷部位、損傷程度、症状経過、病像等を意見書(エックス線所見、臨床所見、病理組織所見等)、診療費請求書(レセプト)等により確認されたい。
 なお、当該疾病を確認するに当たり、せき髄損傷との因果関係の判断が困難な場合には、地方労災医員に相談すること等により判断されたい。
 せき髄損傷においては、損傷の部位によって臨床症状が異なるものであり、例えば、四肢麻痺あるいは対麻痺(下半身麻痺)となるが、損傷の程度によっても臨床症状の違いが明らかな場合があり、「完全麻痺」と「不全麻痺」に区分して記載しているものである。
 なお、「不全麻痺」とは、完全麻痺まで至らないが部分的な神経及び筋機能の低下を示している状態をいう。
 
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別表
疾 病 名 損 傷 部 位 発生機序及び特徴
@褥瘡 不特定  感覚脱失等の障害と運動麻痺が併発しているため、体位変換等が十分に行われない場合に発症する。
A皮膚がん(褥瘡がん) 不特定  褥瘡が長期に至った場合にがんが発症することがある。この場合、褥瘡が存することが前提となる。
B起立性低血圧 上部胸髄損傷以上(特に頸髄損傷)  急性期に発症するが、慢性期にも高率に発症する。
C運動障害域の神経病性関節症 不特定  不全麻痺に発症する例が多い。
D運動障害域の痙縮亢進 不特定  麻痺域に限る。
 不全麻痺、上位部位のせき髄損傷者ほど発症例は多い。
E麻痺域疼痛(感覚脱失性疼痛) 不特定 せき柱損傷部位周辺又は麻痺した下肢部分に疼痛があり、慢性化するほど強くなる。
F自律神経過反射 上部胸髄損傷以上  完全麻痺に多発し、不全麻痺での症例は減少する。急性期より慢性期に多くみる。
 発作性高血圧、顔面紅潮、結膜充血、発汗等が特徴である。
G体温調節障害 上部胸髄損傷以上  急性期及び慢性期に発症する。
 完全麻痺に近い。
H肩手症候群 頸髄損傷  麻痺域の肩及び上肢に痛みがある。
I関節周囲異所性骨化(麻癖域) 不特定  麻痺域に限る。
 主に股関節、膝関節に発症する。
 骨代謝異常により骨内のカルシウムが脱出することによるが、関節周囲では逆にカルシウムが集着、骨化することによる。
J関節拘縮(麻痺域) 不特定  麻痺域に限る。
Kせき柱の変形 不特定  せき柱の損傷により生ずる場合(後彎)及び左右の神経麻痺の差により生ずる場合(側彎)がある。
L外傷後せき髄空洞症 不特定  せき髄損傷部位から発症し、上位部位へ空洞化が進行することが多い。
 これは空洞部分に脳せき髄液が溜まり、これにより麻痺域が上位部位に進行するものである。
M人工呼吸中の気管内チューブによる気管粘膜の潰瘍又は声門、気管狭窄 頸髄損傷  人工呼吸のため気管を切開し、チューブを通し強制呼吸をすることによる。
N肺感染症(含肺炎) 頸髄損傷  自己能力により肺内異物(痰等)の体外排出が不能であることにより、肺感染症へと発展する。
O無気肺 頸髄損傷  自己能力により肺内異物(痰等)の体外排出が不能であることにより、肺炎、無気肺へと発展する。
P尿路、性器感染症(膀胱炎、尿道炎、尿管炎、前立腺炎、副睾丸炎) 不特定  療養中高率に発症する。
Q尿路結石症 不特定  尿路感染から尿路結石症へ発展する。
R腎盂腎炎、菌血症 不特定  尿路感染が有力な前提である。
 尿路感染が膀胱にとどまっている限り、腎盂腎炎に発展することはないが、膀胱・尿管逆流が加わった場合に発症しやすい。
S膿腎症 不特定  水腎症、水尿管症に尿路感染が加わったものをいう。尿路結石症があれば悪化しやすいが、結石がなくても発症する。
21 水腎症、水尿管症 不特定  大部分が尿流停滞と腎盂腎炎の繰り返しにより生ずる。
22 腎不全 不特定  両側の膿腎症、慢性腎盂腎炎から腎不全へと発展するが、尿路結石症があれば発症しやすい。
23 膀胱がん 不特定  尿路感染症や物理的刺激(炎症やカテーテルによる。)により、多くは膀胱粘膜表面が偏平上皮に変化し、膀胱がんとなることがある。
24 感染症(骨髄炎、化膿性関節炎、敗血症) 不特定 褥 瘡部にふん便、接触衣類等からの細菌が感染し、十分な治療が行われない場合に、これらの細菌が骨髄、関節部、全身に回り発症する。
25 血栓性静脈炎 不特定  静脈の血液能力の低下により静脈内の血液うっ滞、静脈血栓の形成へと発展する。

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