HOME情報公開推進局  認定基準
昭和61年10月9日 基発第585号
 別添   「 振 動 障 害 の 治 療 指 針 」     

昭和61年10月
労働省労働基準局

 まえがき

 さく岩機、鋲打機、チェンソー等の振動工具を取り扱うことにより身体局所に振動ばく露を受ける業務に従事した労働者に発生する振動障害の治療については、これらの振動障害療養者が適切な治療を受けられるよう、昭和51年6月、いわゆる治療指針として「振動障害の治療」を策定し、関係者にその周知を図ってきたところである。
 その後、振動障害の治療実績、医学的情報等の集積が相当みられるところから、昭和56年1O月、労働省に「振動障害の治療等に関する専門家会議」を設置し、「振動障害の治療」について見直し・検討を行ってきたが、昭和61年7月にその結論が得られ、同専門家会議から「振動障害の治療等に関する検討結果報告書」が提出された。
 同報告書の別添である改正治療指針(「振動障害の治療指針」)は、振動障害療養者がより適切な治療を受けられるようにするため、主として診療担当医師に対して振動障害の治療に関する最新の医学的知見を提供し治療の指針を示すものである。
 本冊子が、振動障害療養者の治療に携わる診療担当医師をはじめとして、振動障害療養者及び関係労使におかれても、振動障害の具体的な治療法のほか振動障害の病像等の理解に資するため広く活用されれば幸いである。
昭和61年10月
労働省労働基準局


目 次
 はじめに
 症度
(1)  末梢循環障害及び末梢神経障害
(2)  運動器障害
 治療
(1)  治療の考え方と職場復帰への指針
(2)  治療期間
(3)  治療法
イ 理学療法 / ロ 運動療法 / ハ 温泉療法 / 二 作業療法 /
ホ バイオフィードバック / へ 薬物療法 / ト その他の療法
 日常生活上の指導事項
 あとがき

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 はじめに

 さく岩機、鋲打機、チェンソー等の振動工具を取り扱うことにより、身体局所に振動ばく露を受ける業務(以下「振動業務」という。)に従事した労働者に発生する障害は、病因的にみて振動ばく露を受けた部位に症状が出現するものである。その障害として、末梢循環障害、末梢神経障害及び運動器(骨・関節系)障害(3障害を総称して「振動障害」という。)が生ずる。
 なお、振動障害には、これらの3障害以外のものは含まれない。
 振動障害は、振動工具の特性(振動加速度、振動周波数)及び振動ばく露累積時間等の相違によって症状の発現の状況が異なるので、末梢循環障害、末梢神経障害、運動器障害ごとに治療方針を定め、個々の患者の症状に適した治療を行うことが必要である。
 従って、本治療指針では振動障害の3障害を各障害ごとに分類し、当該障害の自覚症状・身体所見及び検査成績を治療経過を追って観察・分析することによって、効果的かつ適切な治療を行うことができるものである。
 なお、本治療指針は、初版(昭和51年6月)以降の振動障害の治療等に関する医学的情報並びに振動障害の治療実績を有する国内の主な医療機関からの意見及び医療記録を総合的に検討、評価し作成したものである。

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 症度

 症度は、業務上疾病と認定された者について、各障害の種類ごとの治療効果及び症状経過を正確に把握し、治療方針をたてるための目安として作成するもので、次に掲げる自覚症状・身体所見及び検査成績によって区分する。
 運動器障害については、一般的に器質的障害が主になり、症状変化も乏しいため、末梢循環障害及び末梢神経障害とは別に区分するものである。

1)  末梢循環障害及び末梢神経障害
 自覚症状・身体所見及び検査成績の区分は次の症度区分表によること。

自覚症状・身体所見及び検査成績の症度区分表
末梢循環障害(V)
自覚症状・身体所見(S) 検査成績(L)
0 レイノー現象が陰性で手指の冷え、しびれ等の症状が一過性にある。 0 常温下皮膚温・爪圧迫。冷水負荷皮膚温・爪圧迫:正常又は極く軽度異常
1 レイノー現象が時々出現する又は手指の冷え、しびれ等の症状が間欠的にある。 1 常温下皮膚温・爪圧迫。冷水負荷皮膚温・爪圧迫:軽度異常
2 レイノー現象が頻発する又は手指の冷え、しびれ等の症状が一定期間持続的にある。 2 常温下皮膚温・爪圧迫。冷水負荷皮膚温・爪圧迫:中等度異常
3 レイノー現象が年間を通じて出現する又は手指の冷え、しびれ等の症状が常ににある。 3 常温下皮膚温・爪圧迫。冷水負荷皮膚温・爪圧迫:高度異常
末梢神経障害(N)
自覚症状・身体所見(S) 検査成績(L)
0 知覚鈍麻が陰性で手指前腕のしびれ、痛み等の症状が一過性にある。 0 常温下痛覚・振動覚、冷水負荷痛覚・振動覚:正常又は極く軽度異常
1 知覚鈍麻が軽度にある又は手指前腕のしびれ、痛み等の症状が間欠的にある。 1 常温下痛覚・振動覚、冷水負荷痛覚・振動覚:軽度異常
2 知覚鈍麻が中等度にある又は手指前腕のしびれ、痛み等の症状が一定期間持続的にある。
 
2 常温下痛覚・振動覚、冷水負荷痛覚・振動覚:中等度異常
3 知覚鈍麻が高度にある又は手指前腕のしびれ、痛み等の症状が常にある。
 
3 常温下痛覚・振動覚、冷水負荷痛覚・振動覚:高度異常

 自覚症状・身体所見及び検査成績の症度区分表(以下「区分表」という。)の解説
(イ) 「区分表」中
「V」とは、Periphera1 Vascular disorder(末梢循環障害)
「N」とは、Peripheral Nervous disorder(末梢神経障害)
「S」とは、Symptoms and Signs(自覚症状・身体所見)
「L」とは、Laboratory Findings(検査成績)
のそれぞれの略である。従って、末梢循環障害の自覚症状・身体所見が2で検査成績が3、末梢神経障害の自覚症状・身体所見が1で検査成績が2の場合は、「V(S
2 L3) N(S1 L2)」と表すこととなる。
 なお、V及びNの(S
0 L0)は、治療により症状が改善した結果、経過観察とされた者の区分であり、新規に認定された者には該当しない区分である。
(ロ) 「末梢循環障害」欄中
 「自覚症状・身体所見」欄の「手指の冷え、しびれ等」が「一過性にある」とは、寒冷期のある時期に症状が認められることを、「間欠的にある」とは、寒冷期の数カ月に亘り断続的に症状が認められることを、「一定期間持続的にある」とは、寒冷期の数カ月に亘り持続的に症状が認められることを、また、「常に」とは、1年を通じていつでも症状が認められることをいう。
 「検査成績」欄の「極く軽度」、「軽度」、「中等度」、「高度」の判断は、冷水負荷後の回復の程度、臨床的経験則及び検査の経時的観察の結果により行う。
(ハ) 「末梢神経障害」欄中の字句の解釈は、上記(ロ)を準用する。
(ニ) 「遅発性尺骨神経麻痺」については、区分表の末梢神経障害の範囲には含めない。
(ホ) 区分表の基本的な考え方
末梢循環障害(V)の「自覚症状・身体所見」(S)は、主としてレイノー現象により区分するが、レィノー現象が陰性の場合は、手指の冷え、しびれ等の程度を考慮し、総合判断により区分する。
末梢循環障害(V)の「検査成績」(L)の各検査成績が異なる場合は、総合判断により区分する。
末梢神経障害(N)の「自覚症状・身体所見」(S)は、主として知覚鈍麻(手袋型)により区分するが、知覚鈍麻が陰性の場合は、手指前腕のしびれ、痛み等の程度を考慮し、総合判断により区分する。
末梢神経障害(N)の「検査成績」(L)の各検査成績が異なる場合は、総合判断により区分する。

 区分表に係る留意事項
(イ) 症状の現況を把握するには、経時的検査結果について医学的に適正な評価を行うことが必要である。
(ロ) 「冷水負荷試験」を行うための冷水温度については、認定基準では5℃と定められている。しかし、この試験は、治療中における検査成績の区分を把握するために行うものであることから、被検者の苦痛、治療上の弊害等を考慮すれば、冷水負荷試験に用いる冷水温度は10℃でもよいものである。
 末梢神経障害の「検査成績」欄に掲げた冷水負荷痛覚・振動覚については、常温下検査を行った後、必要に応じて行えばよいものである。
(ハ) 各障害の程度をより的確に把握するための参考となる検査としては、次のものが掲げられる。
(末梢循環障害関係) サーモグラフィー検査、指尖容積脈波検査、血管造影検査等
(末梢神経障害関係) 体性感覚誘発電位検査、神経伝導速度検査、筋電図検査等

 下肢に直接振動ばく露を受けたため、下肢に障害が認められる患者についても、この表を準用する。

2) 運動器障害
 運動器障害については、その病態に応じて「手術的療法を要するもの」と「手術的療法以外の療法を要するもの」とに区分し、それぞれに適した治療を行う。
 主な運動器障害について区分すれば、次のとおりである。
 「手術的療法を要するもの」 :遅発性尺骨神経麻痺、関節遊離体(関節鼠)、変形性肘関節症
 「手術的療法以外の療法を要するもの」 :変形性肘関節症、手指前腕等の関節炎等


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 治療

 振動障害の治療は、早期に薬物療法、理学療法、作業療法、運動療法等を併せて集中的に治療を行うことが治療効果の観点から望ましい。
 末梢循環障害、末梢神経障害及び運動器障害のそれぞれの治療の考え方については、以下のとおりであるが、障害が複数に及ぶ場合には、障害の程度が一番重いものの治療の考え方を基本に判断すべきである。
 就労と治療効果との関係については、一般的に、入院期間を除き、就労しながら治療を行うほうがより効果的である。

1) 治療の考え方と職場復帰への指針

 末梢循環障害及び末梢神経障害
(イ)  治療の考え方及び職場復帰への指針については、症度区分に従い、次表のとおりそれぞれ判断することとする。
 なお、症度区分は年2回程度(寒冷期及びそれ以外の時期)見直す必要がある。
症度区分 治療の考え方 職場復帰への指針
(V) (N)
S0 L0〜1 S0 L0〜2
S
1 L0
症状の経過観察を適宜(年2〜4回程度で最低でも一寒冷期をするまで)行う。
治療の必要はない。
振動業務以外の一般的労働じゃ可能であり積極的な職場復帰を図る。
S0 L2〜3
S
1 L0〜1
S0 L3
S
1 L1〜3
S
2 L0〜2
S
3 L0〜1
認定初期に必要に応じ1〜2クール(注1)の療養教育を含めた集中的治療のための通院又は入院治療を行い、それ以降は通院治療を行う。 入院期間を除くその他の期間は振動業務以外の一般的労働は可能であり積極的な職場復帰を図る。



Vの症度区分が2〜3 L2〜3 のものは職場復帰に際して作業内容等を制限(注2)される場合がある。
S1 L2〜3
S
2 L0〜3
S
3 L0〜3
S2 L3
S
3 L2〜3
認定初期に2〜3クールの療養教育を含めた集中的治療のための通院又は入院治療を行い、それ以降は通院治療を行う。
ただし、必要に応じ1クールの入院治療を年2回以内行う。
(注1)・・・1クール=4週間程度  (注2)・・・作業内容等の制限=重筋労働の制限等
(ロ)  症状が軽快して症度区分が変更となった場合には、療養教育を含めた集中的治療のための入院はその必要がない。
(ハ)  初期集中的治療後の通院治療では、患者との接触を通じて日常生活等の指導を十分に行うことに主眼を置く。
 この観点から通院治療の回数は、2週間に1回ないし週1回程度の目安が望ましい。

 運動器障害
 治療の考え方及び職場復帰への指針については、病態ごとに次表のとおり判断することとする。

 
病 態 治療の考え方 職場復帰への指針
遅発性尺骨神経麻痺、関節遊離体(関節鼠)、変形性肘関節症 入院又は通院により、手術的療法を行う、術後療法として必要に応じ、理学療法、運動療法、温泉療法等を1〜2クール(注)行う。 手術的療法の期間(手術〜創面治ゆまでの間)及び術後療法の期間を除き振動業務以外の一般的労働は可能であり、積極的な職場復帰を図る。
変形性肘関節症、関節炎等 通院により、手術的療法以外の療法を1クール行う。 振動業務以外の一般的労働は可能であり、積極的な職場復帰を図る。
   (注)・・・1クール=4週間程度

2) 治療期間
 薬物療法、理学療法、日常生活の中での自己管理等の適切な療養により、一般的に、治療効果が期待できると考えられる期間は次のとおりであるので、これを目安とし、治療効果について判断すべきである。
 末梢循環障害の自覚症状・身体所見・・・・・・・・・治療開始後2年以内
         〃       の検査成績・・・・・・・・・  〃    4年以内
 末梢神経障害の検査成績・・・・・・・・・・・・・・・・・・  〃    2年以内
 「末梢神経障害の自覚症状・身体所見」及び「運動器障害の手術的療法を要するもの以外の疾病」については、ほとんどの場合、対症療法にとどまり有効な治療効果が期待できない。

3) 治療法
 振動障害について、現在、効果があるとされている治療法を以下に述べるが、その際、個々の患者の症状に応じて取捨選択を行い適用すべきである。
 なお、同一内容の治療方法を継続して行っても当該症状に改善がみられない場合には、当該治療方法が適切でないと考えられるので、治療内容を変更するなど症状に応じた治療方法をたてることが大切である。
 症状等に増悪傾向がみられるとき、ヌは一定期間に亘り治療を行ってもその症状に改善がみられないときは、その原因となった疾患等を改めて鑑別診断しなくてはならない。
 なお、中枢性に作用するとされる治療法を掲げているのは、その治療法による末梢性の効果が期待できるからである。
 理学療法
 理学療法は、主として温熱の作用によって血液循環の改善を図り、運動機能の回復、組織の代謝を促進させることを目的とした治療法である。
(イ)  運動浴
 運動浴に用いる温水は、38℃〜40℃が適温で、あまり高温にするとかえって症状が増悪することがあるので注意を要する。
 なお、入浴治療の際は、必ず医師の処方により理学療法士等が実施する。
 運動浴は、浴温による痛みの軽減と水による浮力及び抵抗を利用することによっての関節運動の改善と筋力の増強に効果がある。
(ロ)  ホット・パック
 ホット・パックを利用することによって温熱的効果が期待できる。
(ハ)  赤外線療法
 赤外線を利用することによって温熱的効巣が期待できる。
(ニ)  極超短波療法
 極超短波療法は、深部の組織に温熱作用を与えるため効果的な治療法である。
(ホ)  パラフィン浴
 パラフィン浴は、温熱を直接四肢末端に作用させるものであり、しかも温熱効果が長時間にわたる。
(ヘ)  交代浴
 交代浴は、患部を40℃〜45℃の温水(3分間)と15℃〜20℃の冷水(1分間)とを交互に3回程度浸漬する温冷交互療法である(最後は温水で終わること。)。
 交代浴は、急速な血管拡張作用による皮膚温の上昇、反射的な深部血液量の増加等の効果が期待できる。

 運動療法
 適切な運動を行うことは、血液循環を促進し、その結果、組織傷害の回復が早められ神経機能の改善が期待される。また、Homeostasis(生体恒常性)の維持機構が高められることとなる。従って、振動障害の治療に当たっては、可能な限り、運動療法と他の療法とを併用することが望ましい。
 運動療法には、棒体操、徒手体操、ポールを用いた体操、柔軟体操、ランニング等が掲げられるが、これらの運動療法を行うときは、屋内で行う配慮が必要である。
 なお、この療法は、理学療法士等の指導のもとに、症状や患者個人に応じた内容のものを実施することが大切である。


 温泉療法
(イ)  温泉療法
 温泉療法は、温泉の化学的作用(成分)、温度的作用(温熱)、機械的作用(圧力、浮力)とを利用した刺激変調療法である。
 温泉療法は、患者の全身調整のみでなく、末梢循環障害、末梢神経障害に対しても有効であり、同時に理学療法及び運動療法を併用すれば、より効果が期待できる。
 この療法を実施できる治療機関は地域的に限定されているため、転地あるいは入院が必要である場合が多い。なお、転地療養の場合は、患者個々の症状に応じて気候の影響等に配慮する必要がある。

 泉質
 いずれの泉質でもよいが、末梢循環障害には硫化水素泉又は炭酸泉が適している。
 末梢神経障害には放射線泉をすすめる。
 泉温
 泉温は、4O℃〜43℃が適当である。
 入浴回数及び時間
 入浴回数は1日2〜3回、時間は1回10〜20分が適当であり、それ以上の入浴は禁じた方がよい。
 療養方法
 一般には入浴による療法であるが、ときには機械的作用を加えた渦流浴、気泡浴あるいは水中圧注を併用することが効果的である。
(ロ)  鉱泥療法
 温泉療法には、入浴によるもののほか鉱泥療法があり、この療法の中には全身泥浴と局所泥罨法の2法がある。

 作業療法
 療養中の患者が医師の指示のもとに適切な作業療法を行うことは、精神的、身体的に労働能力の回復が図られ職場復帰が容易となることが期待される。


 バイオフィードバック
 バイオフィ一ドバックは、普通人があまり意識していない生体内の一定の情報を、工学的(特に電子工学的)な助けによって、その人に逐次知らせ、生体内の一定の反応を自己制御させる方法である。
 この方法は、患者を安静臥床させた後に、指にサーミスター又は光電容積脈波計を装着し、これをバイオフィードバックシステムに連結する。刺激として、明り、音等によって、指の温度や血管緊張度等の情報を患者に伝える。このようにして、患者は、血管拡張を起こす状態を体得し、指の温度が上昇、血管が拡張するような状態をつくるように努カする。
 これらの方法で1日2回、1クール(4週間程度)の基礎訓練を行えば、寒冷刺激に対して指の温度を保持することヘの患者の能力は有意に改善するとされている。


 薬物療法
 薬剤の使用に当たっては、その薬理作用をよく理解し、かつ、薬効を過信することなく、必要にして十分な程度の投与量にとどめ、また、副作用に留意しなければならない(一般には内服用薬剤を用いる。)。
 レイノー現象の軽減ないし防止のための薬物としては、末梢血管拡張剤や自律神経遮断剤が用いられる。症度が進み、血管に器質的変化が生じているか、又はその前段階にあると考えられる場合には、血管壁の病変に対する薬剤が必要となる場合がある。
 自律神経中枢に作用するとされる薬剤も臨床的効果が認められる場合がある。
 薬理学上ある程度効果があると考えられるものについて列記すれば次の通りである。

(イ)  末梢血管拡張剤
 同じく末梢血管拡張の効果を有する薬剤であっても、その薬理学的作用機序は必ずしも同様ではない。従って、ある患者に有効な薬剤であるのに、他の者には全く効果がない場合もあるから、臨床症状や皮膚温あるいは指尖容積脈波等の改善の有無を指標として、その患者に有効な薬剤を選ぶことが必要である。

a  交感神経α−受容体抑制剤
・塩酸プラゾシン
・塩酸ブナゾシン
b  交感神経β−受容体興奮剤
 この群の薬物は、皮膚よりも骨格筋の血流を増加させる。
・塩酸ナイリドリン
・塩酸イソクスプリン
・硫酸バメタン
c  Ca拮抗剤
・塩酸ジルチアゼム
・塩酸ベラパミル
・ニフェジピン
d  血管平滑筋麻痺剤
・ニコチン酸剤
 皮膚血管に作用する比較的弱い血管拡張剤で多種の製品が提供されている。
   ニコチニックアルコ一ル
   テトラニコチン酸フルクトース
   イノシトールヘキサニコチネート
   ニコチン酸トコフェロール
   ニコモール
・シクランデレート
 皮膚及び骨格筋にごく緩和な血流増加が認められている。
・アルフロスダジル(ブロスタグランディンE1)
・ベノブラン卜

e  血小板凝集抑制剤
・塩酸チクロピジン

(ロ)  交感神経中枢抑制剤
・スルピリド
 視床下部の交感神経中枢を抑制し、中枢性の鎮静作用のほか抗アドレナリン作用もあるとされる。
(ハ)  循環ホルモン剤
作用機序はあまり明らかではないが、心拍出量の増大や末梢血管拡張作用がある。
(ニ)  ビタミンB、B、B、B12、E
(ホ)  消炎、鎮痛剤
(ヘ)  その他
・ピリジノールカルバメート
 抗ブラジキニン作用による血行改善と抗血栓形成作用がある。
・アデノシン三リン酸二ナトリウム(ATP)
・ヒルドイド
 血液凝固阻止作用がある。
・ベントキシフィリン


 その他の療法
(イ)  星状神経節プロック
 星状神経節ブロックの効果は、局所麻酔剤の作用によるものであり、2〜3時間程度持続するに過ぎないので、内服による薬物療法の方が持続性の点では有利である。しかし、種々の内服薬を試みても十分な効果が得られないときには本療法が行われることがある。ただし、同一の部位に注射を反復することによる組織損傷や、血管壁の馴れの現象の生ずる可能性を考慮して左右交互に行う。
(ロ)  絞扼性神経炎に対する手術的療法
 遅発性尺骨神経麻痺が現われた場合は、なるべく早く尺骨神経の除圧を目的とした手術を施行することが望ましい。
 回内筋症候群や手根管症候群等の局所神経圧迫の場合には、それぞれの解離手術を要することがある。
(ハ)  関節障害に対する療法
 肘関節症に対しては、負荷の軽減、安静、温熱療法、装具固定、抗炎症剤療法等の保存的治療をまず行う。ただし、副腎皮質ホルモン剤の関節内注入は、感染及び骨壊死を引き起こす危険があり、また、その効果も一時的であるからできるだけ行わない方がよい。
 重症の関節症には関節固定術等の手術的療法を要することがある。
 肘関節鼠に対しては、部位によって放置して経過をみてもよいものもあるが、嵌頓症状や変形性関節症を助長するので剔出することが好ましい。


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 日常生活上の指導事項

 主治医は、振動障害で療養を行っている患者を療養に専念させ、早期に社会復帰するよう指導する。
 日常生活上においては、不規則・不節制な生活を厳に慎み身体局所に対する振動刺激を避ける等の疾病増悪因子の排除に努めさせるとともに、次の事項について遵守させる。

(1)  防寒、保温等に対する配慮
 寒冷刺激、特に全身を寒冷にさらすことは、レイノー現象を誘発しやすいばかりでなく、四肢の血液循環を悪化させる等、適正な療養を行う上で問題があるので、次の点を配慮しなけれぱならない。

 住居の防寒、保温を良くすること。
 衣服による身体保温の調節に注意すること。なお、木綿、化学繊維の下着は発汗により保温効果が極端に低下するので、純毛製のものが好ましい。
 寒冷時に戸外ヘ出るときは、カイロ等を携帯し、保温に努めること。
 水泳、寒冷時における釣りや狩猟等、全身を冷やす行為は厳に行わないこと。

(2)  栄養に対する配慮
 普段から栄養に配慮するとともに、糖、アルコール、塩の過度の摂取を慎むこと。


(3)  運動等の配慮
 家庭内で適度の運動等を行うことは、血液循環を促進し、神経機能の回復に効果がある。しかし、過度の運動等はかえって症状の悪化を招くことがあるので注意が必要である。
 家庭での体操、乾布摩擦、マッサージ、入浴が効果的である。


(4)  患者の日常生活上の配慮
 喫煙の禁止
 喫煙は強い血管収縮作用があるため、末梢血液循環に最も有害であるので禁止すること。
 単車運転の禁止
 単車を運転することは、身体にあたる風により極度に保温を阻害し、かつ、身体局所に振動刺激の伝播があるため、症状が悪化するので禁止すること。

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 あとがき

 本冊子は、振動障害患者の治療指針として日常診療の一助となれば幸いである。
 なお、今後の医療の進歩に伴い、本冊子も適宜改訂され、より良い指針となってゆくことが期待されるものである。


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