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心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針の
運用に関しての留意点等について
 【平成11年9月14日 事務連絡第9号】
○心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針の運用に関しての留意点等について

 今般、平成11年9月14日付け基発第544号「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(以下「判断指針」という。)及び基発第545号「精神障害による自殺の取扱いについて」が通達されたところであるが、その具体的運用に当たっては、下記事項に留意されたい。
 なお、昭和59年2月14日付け事務連絡第5号「反応性うつ病等の心因性精神障害の取扱いについて」の記の2を、下記第3のとおり改める。
 おって、判断指針のより正確な理解のため、精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書を活用するものとする。
 



第1 基本的考え方等

1 判断指針の考えの背景
 判断指針の第1で、業務による心理的負荷を原因とする精神障害の労災認定に当たっては、業務による心理的負荷の強度と業務以外の心理的負荷の強度及び個体側要因を評価し、その上で総合判断するとの考えを示したところである。
 精神障害は、様々な心理的負荷、個体側要因等が複雑に関わり発病すると考えられているが、個体側の心理面の反応性、脆弱性は、具体的な出来事を経験したときにどういう反応を示したかによって評価されることとなる。その際、一般的に強いと認められる心理的負荷を受けて発病したと判断される場合には個体側の心理面の反応性、脆弱性は問題にする程度のものではなかったと理解し、逆に一般的に弱いと認められる心理的負荷を受けて発病したと判断される場合には、個体側の心理面の反応性、脆弱性が大きかったと推定するのが合理的であるとされている。
 したがって、精神障害の業務上外を判断するに当たっては、心理的負荷の強度の客観的評価が重要であり、このため判断指針では、その指標として別表1及び別表2の心理的負荷評価表を示したところである。この評価表は、ある出来事を経験したとき、多くの人々が一般的にはどう受け止めるかについて示したものである。

2 「判断指針」の名称の意味
 判断指針は、従来労働者災害補償保険制度における業務上外の認定を行う際の基準として使用している「認定基準」という名称を用いていないが、業務上外の認定に当たっては同じ効果をもつものである。通達において、「判断指針」の名称を用いたのは、精神障害の発病は、その特質から、従来の認定基準のように業務に関連する認定要件を列挙し、それに該当すれば原則として業務上と判断できるものではなく、業務要因のみならず業務以外の要因(業務以外の心理的負荷及び個体側要因)を併せて総合的に判断する必要があること、判断指針の別表1に代表されるように判断の詳細な手順を示したものであること等によるものである。

3 判断指針の主要なポイント
 今般、判断指針の策定により、幾つかの点で考えを整理した。
 第1は、精神障害を心因性精神障害、器質性精神障害、内因性精神障害に区分し、内因性精神障害については補償の対象とはしないとの従来の取扱いを見直し、対象とする疾病は、原則として国際疾病分類第10回修正(以下「ICD一10」という。)第X章「精神および行動の障害」に分類される精神障害としたことである。
 第2は、心理的負荷を客観的に評価するため心理的負荷評価表を作成したことである。心理的負荷は、客観的に認識される出来事によりこの評価表を指標として評価する。
 第3は、出来事の評価期間は精神障害発病前おおむね6か月の間としたことである。
 第4は、個体側の心理面の反応性、脆弱性を評価する上での検討項目を明らかにしたことである。
 第5は、業務上外の判断に当たって、業務による心理的負荷、業務以外の心理的負荷及び個体側要因について各々評価し、これらを総合判断することとしたことである。その際、恒常的な長時間労働は精神障害の準備状態を形成する要因となる可能性が高いとされていることから、業務による心理的負荷の評価に当たっては十分考慮することとしたことである。
 第6は、自殺の業務上外の判断に当たっては、従来の心神喪失要件を見直し、うつ病等の気分〔感情〕障害や重度ストレス反応等の精神障害では、精神障害の病態として自殺念慮が出現する蓋然性が高いとされていることから、業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、原則として業務起因性を認めることとしたことである。

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第2 運用上の留意事項

1 対象疾病等について
(1)  対象疾病について
 判断指針の第4の1の(2)で「主として業務との関連が生ずる可能性のある精神障害」をICD−10のF0からF4までとしたのは、F5からF9については、主として個人の生育環境、生活環境等に基づくものと考えられ、業務との関連で発病することは少ないとされていることによるものである。
 また、判断指針の第2で「いわゆる心身症は、本指針における精神障害には含まれない」こととしたのは、心身症の定義が、「その発病や経過に心理、社会的因子が密接に関与する身体疾患をいうが、神経症やうつ病など他の精神障害を伴う身体疾患は除外する。」とされており、判断指針はそれらの精神障害の業務上外を判断する目的で作成したものであるからである。
 なお、ICD−10のF5からF9に分類される精神障害及び診断の困難な精神障害に係る労災請求があった場合は、当該事案の取扱いについて本省と協議すること。

(2)  精神障害の具体的検討体制について
 判断指針の第4で示した具体的検討に当たっては「複数の専門家による合議等によって行う」こととしたのは、精神障害の診断等に当たっては、各専門家間において意見を異にすることもまれではないこと、特に自殺事案にあっては精神科等の治療歴がない場合が多く、その場合には診断に必要な医学的情報が少なく、確定的な診断を行うことが極めて困難である事案が多いこと等から、複数の専門家による検討によって判断の客観化を期することとしたことによるものである。

2 心理的負荷の客観的評価
(1)  別表1及び別表2について
 別表1の構成
 判断指針で示された別表1は、業務による心理的負荷を評価する揚合に用いる。別表1は、職場において通常起こり得る出来事を、@事故や災害の体験、A仕事の失敗、過重な責任の発生等、B仕事の量・質の変化、C身分の変化等、D役割・地位等の変化、E対人関係のトラブル、F対人関係の変化の各類型に分けて整理している。
 なお、別表1には、「F対人関係の変化」のように職場内で起きた出来事ではあるがおおむね個人の問題とされる場合もある出来事も含まれていることから、職場における出来事であっても、その出来事の内容、経緯からみて、業務による出来事といえるか否か検討する必要があるものである。
 各出来事は、「T」、「U」、「V」の区分のいずれかに☆印が付されているが、これは各出来事の平均的な心理的負荷の強度である個々の労災請求事案においては、この☆印の位置を「(2)心理的負荷の強度を修正する視点」の欄に基づき変更することができる。
 なお、強度が「V」に位置付けられる心理的負荷であっても、その程度では一般的に精神障害発病の有力な原因となるものではなく、出来事に伴う変化等による心理的負荷が総合評価され、「強」と認められて初めて、客観的にみて精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷となるものである。
 「(3)出来事に伴う変化等を検討する視点」の欄は、該当すると思われる項目について検討することとする。

 別表2の構成
 別表2は、業務以外の心理的負荷を評価する場合に用いられる。別表2は、職場以外において通常起こり得る出来事を、@自分の出来事、A自分以外の家族・親族の出来事、B金銭関係、C事件、事故、災害の体験、D住環境の変化、E他人との人間関係の各類型に分けて整理している。
 別表2は別表1と異なり、「心理的負荷の強度を修正する視点」「出来事に伴う変化等を検討する視点」の欄がない。その理由は、職場以外の出来事は職場における出来事以上に多様であり、別表1のようにパターン化することが困難であるからである。

(2)  類推適用のできない出来事の協議
 別表1及び別表2に示した「具体的出来事」のいずれにも類推適用できない出来事の評価については、本省と協議すること。

(3)  出来事の評価期間
 判断指針の第3により精神障害発病前おおむね6か月の間の出来事を評価対象としたが、これは心理的負荷が強く関係する精神障害の場合においては、発病から遡れば遡るほど出来事と発病との関連性を結びつけて理解するのが困難になるとされていること、心理的負荷が加えられた後遷延した反応として生じる外傷後ストレス障害のICD−10診断ガイドラインに、「心的外傷後、数週から数か月にわたる潜伏期間(しかし6か月を超えることはまれ)」とされていることによるものである。

(4)  具体的出来事が重複した場合の取扱い
 本人の出来事が別表1の(1)の欄に示した「具体的出来事」の複数に該当すると考えられる揚合には、重複して評価することはせず、心理的負荷強度が最も高い出来事を代表して評価することとする。例えば、転勤に伴い仕事の内容、ポスト、職場の人間関係等も当然に変化するが、別表1に示した出来事はこのような変化を包含するという前提で作成しているので、「転勤した」という出来事のみを評価する。ただし、転勤後、上司との関係がうまくいかず悩んでいたという場合には、「転勤をした」に加えて「上司とのトラブル」を別の出来事として取り扱うものである。

(5)  複数の出来事が認められる場合の取扱い
 発病前おおむね6か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる複数の出来事が認められる揚合には、その各々の心理的負荷の強度の総体が「客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある程度の業務による強い心理的負荷が認められる」といえるか否かについて検討する。この揚合、各々の出来事の発生時期、当該出来事の持続、改善の状況等と精神障害発病の関係について個々の事案に即して総合的に検討することとする。

(6)  退職後に発病した精神障害の取扱い
 出来事の評価期間は精神障害発病前おおむね6か月の間としたが、退職後に発病した事案については、原則として退職後おおむね1か月以内に退職前の業務による出来事に関連して発病したと認められる場合についてのみ検討の対象とすることとする。
 これは、退職後発病した精神障害については、業務から離れれば退職前の業務による心理的負荷は一般的に解消されると考えられること、時間の経過とともに業務以外の出来事の関与の可能性が増えるなど退職前の業務との関連性の有無を客観的に判断することができないことからである。

 退職の強要に係る心理的負荷については、退職に至るまでの経過について評価することとする。
 なお、退職の強要の結果として生じる退職後の再就職活動の不調、将来の不安等の心理的負荷は、退職の強要という出来事の帰結ではあるが、退職後における個人の各々の生活事情に根ざしたものであることから業務以外の出来事であり、業務に起因する心理的負荷として評価することは適当とはいえないものである。

(7)  療養中の者に発病した精神障害
 判断指針の第4の2の(4)のロで、「業務上の傷病により6か月を超えて療養中の者に発病した精神障害」に限ったのは、業務上の傷病によりおおむね6か月以内に発病した精神障害については、別表1を用いて評価し得るからである。

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3 業務以外の心理的負荷の評価
 業務以外の心理的負荷については関係者よりできる限り調査し、その結果、業務以外の出来事が明らかになった場合には、判断指針に示された別表2によりその心理的負荷の強度を評価すること。

4 個体側要因の評価
(1)  既往歴
 判断指針の第4の4の(1)の「既往歴」については、過去の精神障害のり患のみをもって重要な個体側の要因とみるのは必ずしも妥当でない場合もあり、当該精神障害の疾患名、発病時期、治ゆ後の社会適応状況等を総合して慎重に判断すること。
 なお、既往の精神障害の診断名と労災請求に及んだ診断名が異なるものであっても、精神的な脆弱性を推測する根拠になるとされていること。

(2)  生活史(社会適応状況)
 判断指針の第4の4の(2)の「生活史(社会適応状況)」の判断に当たっては、これまでの家庭生活、友人関係、職業歴、職場内人間関係等について、できる限り複数の者からの偏りのない情報を得る必要があること。

(3)  アルコール等依存状況
 判断指針の第4の4の(3)の「アルコール等依存状況」については、飲酒による精神への影響は個人差もあるが、アルコールの作用が個体側要因を大きく歪めることがあるとされていることから、飲酒歴は個体側要因の判断に不可欠の情報でありできる限り調査すること。

(4)  性格傾向
 判断指針の第4の4の(4)の「性格傾向」を明らかにすることは、当該労働者がどのような行動様式をとるか、どのような種類の心理的負荷に弱いか等を知る上で必要であるので、複数の者からの偏りのない情報を得る必要があること。

5 業務上外の判断に当たっての留意点
 治療中、治療歴のある精神障害の業務上外の判断に当たっては、治療経過等に係る情報が特に重要である。一般に精神障害の診断は、初診の段階では病態像の記載にとどめ、心理テスト、カウンセリングの結果、治療の効果等療養の経過等を踏まえた上で確定診断に至る症例が多いことから、これらの情報を総合的に検討する必要がある。具体的診断名についても、業務上外を判断するに当たって参考となる。また、治療経過や投薬の有効性等の情報は業務上外を判断するに当たって有力な情報となることがあることから、精神障害の治療歴のある事案にあっては必ず調査すること。

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6 治ゆ等
 判断指針の第5で、療養期間の目安として「一般的には6か月から1年程度の療養で治ゆする」としたが、精神医学上は、一般に原因となった業務による心理的負荷要因を取り除き、治療を開始してからうつ病にあっては多くは3か月から9か月、神経症にあってはおおむね数週間から6か月で治ゆすることが多いとされているので、治ゆの判断に当たっては、これらを参考に、主治医の治療内容、経過等を踏まえ慎重に行うこと。

7 自殺の取扱い
(1)  自殺念慮が出現する蓋然性が高いとは必ずしもいえない精神障害の存在
 判断指針の第6の1で「ICD−10のF0からF4に分類される多くの精神障害では、精神障害の病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められる」としたが、一部に必ずしもそうとはいえない疾患も含まれていることに留意すること。

(2)  精神障害によらない自殺
 精神障害によらないいわゆる覚悟の自殺は、その主な動機が業務に関連するとしても、本人の主体的な選択が決定的なものである限り、故意の死亡として取り扱うこと。

第3 その他

1 労働基準法施行規則別表第1の2の適用
 精神障害が業務による心理的負荷によると認められた場合は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱うとされたが、
@  頭部外傷等負傷に伴う精神障害については、同表第1の2第1号
A  化学物質による中毒に伴う精神障害については、同表第1の2第4号
B  業務上の傷病により療養中の者に精神障害が発病し、当該精神障害が療養による心理的負荷によって発病したと認められるものについては、同表第1の2第9号
にそれぞれ該当する疾病として取り扱うこと。

2 請求状況の報告
 精神障害に係る労災請求事案は社会的にも関心の高いことから、当分の問、労災請求があった揚合には、その概要について速やかに本省へ報告を行うこと。

3 その他
 判断指針により業務上外の判断が困難な場合は、関係資料を添えて本省に協議すること。

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